赤旗あげて白旗あげてという戦略

第3問 義仲の軍勢が、赤旗あげて白旗あげてという戦略をとったのは、どの合戦?
① 横田河原合戦
② 火打合戦
③ 倶梨迦羅合戦

正解  ①横田河原合戦

木曾義仲といえば、倶梨迦羅谷の戦い。先に三十本の白旗を平家に見せ、大軍がいると思い込ませて、夜になるまで山中に平家を留めるという作戦(巻七・願書)が見事に成功し、大勝します。(同・倶梨迦羅落)

でも、倶梨迦羅の合戦の前に、平家の赤旗と源氏の白旗、両方を使った策略が横田河原合戦で成功していました。

同じく九月二日、(じょう)四郎(のしろう)長茂(ながもち)が、木曾義仲追討のために、越後、出羽、相津(あいづ)四郡の兵たちを引率して、あわせてその勢四万余騎、木曾義仲追討のために信濃国へ発向する。同じく九日、信濃国の横田河原に陣をとる。木曾義仲は依田よだの(じょう)にいたが、これを聞いて依田城を出て三千余騎で急いで向かう。信濃源氏、井上九郎光盛の策略で、だしぬけに(平家の)赤旗を七本作り、三千余騎を七手に分け、あそこの峰、ここの洞から、赤旗を手に手に差し上げて押し寄せた。城四郎がこれを見て、「ああ、この国にも平家の味方をする人がいたのだ、敵は力尽きたのだ」と思って、勢い込んで大騒ぎをしているところに、徐々に近づいたので、決めていた合図のとおり、七手が一つになり、一度にときの声をあげた。 用意していた(源氏の)白旗をざっと差し上げた。越後の軍勢がこれを見て、「敵は何十万騎いるのだろう。どうしよう」と顔色を失って、あわてふためき、ある者は川につき落とされ、ある者は険しい場所に追い落とされ、助かる者は少なく、討たれる者が多かった。(巻六・横田河原合戦)

原文はこちら

かんた

わざと、ニセモノの平家の赤旗を見せて油断をさせたんです。

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横田河原古戦場跡  嵐山町ホームページ〉嵐山町WEB博物誌

相津四郡→ http://aizufudoki.sakura.ne.jp/map/map2/4.htm(会津・耶麻・大沼・河沼の四郡)

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