北国下向

第5問 義仲追討のため北国に下向した平家の大将軍6人、平維盛、通盛、経正、忠度、知度、清房のうち、清盛の息子は何人いる?
①0人 ②1人 ②2人

正解 ②2人  知度と清房が清盛の息子です。

木曾義仲が東山道、北陸道を従えて、五万騎あまりの軍勢で攻め上るといううわさが、都に聞こえてきました。平家は十万騎あまりの軍勢を北国に下向させます。

まづ木曾冠者義仲を追討して、そののち兵衛佐を討たんとて、北陸道へ討手をつかはす。大将軍には小松三位中将維盛、越前三位通盛、但馬守経正、薩摩守忠度、三河守知度、淡路守清房、侍大将には越中前司盛俊、上総大夫判官忠綱、飛騨大夫判官景高、高橋判官長綱、河内判官秀国、武蔵三郎左衛門有国、越中次郎兵衛盛嗣、上総五郎兵衛忠光、悪七兵衛景清をさきとして、以上大将軍六人、しかるべき侍三百四十余人、都合其勢十万余騎、寿永二年四月十七日辰の一点に、都を立ッて北国へこそおもむきけれ。(巻七・北国下向

https://pin.it/3bBm61a

寿永二年(1183)倶梨迦羅合戦で平知度が死に、その翌年(1184)1月に木曾義仲が死に、同2月、一の谷合戦で、平通盛、経正、忠度、清房が死にました。平維盛は熊野で入水しました。

かんた

この人たちが亡くなった年齢は、木曾義仲が31歳、平通盛が32歳、忠度が41歳、維盛が26歳です。知度、経正、清房の年齢はわかっていませんが、30代でしょうか。

PAGE TOP