清水冠者義重は何歳で鎌倉に行った?(覚一本)

第9問 寿永二年(1183)三月上旬、源頼朝は木曾義仲を討つため信濃国に出兵。義仲は戦いを避けるため、嫡男の清水冠者義重を頼朝に預けます。このときの義重の年齢は?
① 9歳 
② 11歳 
③ 13歳

正解 ② 11歳

義仲は頼朝の疑いを晴らすため、今井四郎兼平を使者にして、頼朝を討とうとは決して考えていないと説明しますが、頼朝は納得しない。そこで嫡男の義重を頼朝に預けます。数え年で11歳ということは、まだ小学校の3、4年ぐらい。ここは打倒平家を優先させるべきだ、という義仲の判断でした。

頼朝と義仲の不仲についてはこちら

義仲は、本当に恨みをもっていないことをはっきりさせるために、嫡子の清水冠者義重といって、十一歳になる息子に、海野、望月、諏方、藤沢など名の知られた兵を付けて、頼朝のもとに行かせた。頼朝は、「ここまでなさるということは、ほんとうに恨みはなかったのだな。私、頼朝はまだ成人した子供がいない。よしよし、では私の子にしよう」といって、清水冠者義重を連れて、鎌倉にお帰りになった。

木曾、真実意趣なき由をあらはさむがために、嫡子清水冠者義重とて、生年十一歳になる小冠者に、海野、望月、諏方、藤沢なンどいふ聞ゆる兵どもをつけて、兵衛佐の許へつかはす。兵衛佐、「この上はまことに意趣なかりけり。頼朝いまだ成人の子をもたず。よしよしさらば子にし申さむ」とて、清水冠者を相具して、鎌倉へこそ帰られけれ。

この場面の義仲、義重父子の気持ちを想像すると、胸がつまります。義重は、頼朝の長女大姫の婿として大切にされますが、義仲の死後、頼朝の命令で討たれてしまいます。

巻七 清水冠者 原文はこちら

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