火打合戦で平家に負けた理由(覚一本)

第10問 義仲が整備させた越前国の火打が城。最初は攻めあぐねていた平家しかし、結局、義仲の軍勢は敗れてしまった。その理由は?
①負けるはずがないと油断した。 ②平家に内通する者がいた。 ③食料が足りなくなった。

正解 ②平家に内通する者がいた。平泉寺の長吏さいめい威儀師が平家に内通して、城の攻略法を教えました。

もともと天然の要塞だった「火打が城」ですが、義仲は近くを流れる川をせき止めて、城の周りに人工の湖を造らせました。平家はそれを見て、舟が無ければ火打が城に渡れないと思ったので、向かいの山に数日間とどまったまま手をだせません。そんなとき、火打が城の中にいた斎明は…。

火打が城の中にいた平泉寺の長吏斎明威儀師は、平家に味方したいという気持ちが強かったので、山のふもとをまわって、手紙を書き、蟇目の中に入れて、こっそりと平家の陣に向けて矢を放った。「その湖は昔からあったものではありません。一時的に山中を流れる川をせき止めたものです。夜になったら足軽たちを行かせて、柵(しがらみ)を切り落とさせてください。水はすぐに引くはずです。馬の足でも渡れるところですから、急いで渡ってください。背後から矢を射て援護いたします。この手紙は平泉寺の長史斎明威儀師がお送りしました」と書いた。

城の内にありける平泉寺の長吏(ちょうり)(さい)(めい)威儀師(ゐぎし)、平家に志ふかかりければ、山の根をまはって、消息を書き、蟇目(ひきめ)の中に入れて、忍びやかに平家の陣へぞ射入れたる。「かの水うみは往古の淵にあらず。一旦山河をせきあげて候ふ。夜に入り足軽(あしがろ)どもをつかはして、しがらみを切り落とさせ給へ。水は程なく落つべし。馬の足ききよい所で候へば、いそぎ渡させ給へ。うしろ矢は射て参らせむ。これは平泉寺の長史斎明威儀師が申状(もうしじょう)」とぞ書いたりける。

鏑矢の蟇目の部分は空洞になっているので、そこに手紙を入れました。

参考写真:蟇目鏑矢の音が鳴る仕組み | 新・小山矢日記 (ameblo.jp)

巻七・火打合戦の原文はこちら

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