【滅亡の焔】特集 平重衡

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平重衡年譜

一一五七(保元二)   誕生。父、平清盛。母、平時子(二位尼)。同母姉兄に建礼門院、宗盛、知盛。

一一七一(承安元)12平徳子(建礼門院)、高倉天皇に入内。

一一七二(承安二) 2徳子、中宮になる〔立后〕。重衡、中宮亮。「宮中の重衡さま」

一一七六(安元二) 7平滋子(建春門院)死去。後白河院と清盛は仲介者を失った。

一一七七(治承元) 1平重盛が左大将、平宗盛が右大将に就任。人事で後白河院との対立が深まる。4山門(延暦寺)の大衆が強訴。後白河院近臣の西光の子、師高・師経の配流を求める。5後白河院、天台座主明雲の配流を命じる。延暦寺の大衆が明雲を奪還。後白河院、平氏に山門の攻撃を命じるが、清盛は消極的。6鹿谷の謀議発覚。西光は処刑、藤原成親は配流ののち処刑。藤原成経、平康頼、俊寛は鬼界ヶ島に配流。後白河院は近臣の多くを失った。

一一七八(治承二)11徳子出産。安徳天皇誕生。12東宮になる〔立太子〕。重衡、東宮亮。

一一七九(治承三) 7平重盛死去。11治承三年の政変。清盛、後白河法皇を鳥羽院に幽閉。院政を停止。関白松殿基房を解任、備前国に配流。

一一八〇(治承四) 2高倉天皇譲位。4以仁王の令旨を諸国に伝達。4安徳天皇即位。重衡、蔵人頭。5以仁王挙兵。重衡、維盛出陣。以仁王、源頼政敗死。6福原遷都。10富士川合戦で維盛軍敗走。11還都。12重衡、園城寺を攻撃。12重衡、南都を攻撃。東大寺・興福寺など焼失【奈良炎上】

一一八一(治承五) 1高倉上皇死去。閏2清盛死去【入道死去】藤原邦綱(重衡の正室の大納言局の父)死去。3重衡、墨俣川の戦いで源行家軍に勝利。

一一八三(寿永二)5倶梨迦羅峠の戦いで、維盛軍が源義仲に大敗。7平氏、都落ち。義仲入京。10平氏、讃岐国屋島に到着。閏10水島合戦。重衡、源氏に勝利。

一一八四(寿永三)  1源範頼・源義経入京。義仲敗死。2一の谷合戦。重衡、生け捕りにされる。罪人として京の六条を渡される重衡の姿を見て、親交のあった人々は悲しむ。後白河院は、三種の神器と重衡の交換を申し入れさせるが、宗盛は拒否する。3重衡、鎌倉に送られる【千手前】 7後鳥羽天皇即位。

一一八五(文治一) 2屋島合戦。3壇浦合戦。平氏滅亡。6重衡、南都に渡され、木津で処刑。正室の大納言局は、重衡の胴と首をもらい受けて荼毘に付す。その後、大原に行き建礼門院に仕える。

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