平重衡は 中宮亮 〈中宮に関する事務をおこなう役所の次官〉 だったので、いつも中宮徳子 (建礼門院) の局に出入りしていました。中宮付きの女房たちとも気さくにおしゃべりしていたようです。その様子をのぞいてみましょう。
――中宮徳子〈建礼門院〉にお仕えする女房たち4人が夜ふけにしんみり語りあっているところに、重衡がやって来た。
中宮の亮の重衡さまが、今夜は内裏の宿直でしたと言いながら入ってきて、いつものように、冗談めいたお話もまじめなお話も、いろいろ面白おかしく語って聞かせてくださって、ご自身もわたしたちも大笑いしましたが、重衡さまは、おしまいには幽霊の話をして怖がらせるので、ほんとうにみんな冷や汗をかいて、「今は聞きません、あとで」と言ったのだけれど、つぎつぎとお話しになるので、とうとう衣を頭からかぶって、「聞きません」といって寝てしまって、あとで心に思ったこと、
あだことにただいふ人の物がたりそれだにこころまどひぬるかな(建礼門院右京大夫集一九五番)
ただ軽い冗談のように言う重衡さまのお話、でもそれさえこころ乱れてしまいます
鬼をげに見ぬだにいたくおそろしきに後の世をこそ思ひ知りぬれ (建礼門院右京大夫集一九六番)
幽霊を実際に見たことのない私でさえ、とてもおそろしくて、死後の世界が想像できました
…宮の亮(*重衡)の、内裏の御かたの番に候ひけるとて入り来て、例の、あだこともまことしきことも、さまざまをかしきやうに言ひて、我も人もなのめならず笑ひつつ、はてはおそろしき物がたりどもをしておどされしかば、まめやかにみな汗になりつつ、「今は聞かじ、のちに」と言ひしかど、なほなほ言はれしかば、はては衣をひきかづきて、「聞かじ」とて寝て、のちに心におもふこと
あだことにただ言ふ人の物がたりそれだに心まどひぬるかな
鬼をげに見ぬだにいたくおそろしきに後の世をこそ思ひ知りぬれ
中宮にお仕えする女房、建礼門院右京大夫の家集の詞書には、 同時代の女房の目に映った宮中での平家の公達たちの様子がたっぷり紹介されています。『平家物語』には書かれていない姿を垣間見ることができますよ。
●引用は、最初に現代語訳、次に原文です。現代語訳はわかりやすさを優先させて言葉を補ったところがあります。