実盛の兜

むざんやな(かぶと)の下のきりぎりす  松尾芭蕉『猿蓑』

多太神社(石川県小松市)所蔵

この写真の兜は、実盛のもので、義仲が多太神社(石川県小松市)に奉納したと言われています。 松尾芭蕉はこの兜を見て、

むざんやな甲の下のきりぎりす   

と詠みました。句の前書に、

加賀国の小松というところの多太神社の宝物として、実盛の菊唐草の文様の兜、同じく実盛の錦の裂がある。遠い昔のことではあるが、目の前にして哀れを感じて

加賀の小松と云処、多田の神社の宝物として、実盛が菊唐草のかぶと、同じく錦のきれ有り。遠き事ながら、まのあたり憐れにおぼえて

とあります。実盛は、白髪を黒く染め、赤地の錦の直垂を着て、最期のいくさに臨みました。

かんた

なぜ、実盛は白髪を染めたの?

にゃんこ先生

実盛は、平家物語で次のように言っています。

「六十歳をこえていくさの陣に向かう時は、髪と髭を黒く染めて、若々しく見せようと思っとる。白髪頭が若い人たちと先を争うのは大人げない、また老武者だといって人が侮るのもいまいましいからのう」

六十にあまッていくさの陣へむかはん時は、びんぴげを黒う染めて、若やがうど思ふなり。その故は、若殿原にあらそひて先を駆けんもおとなげなし、また老武者とて人のあなどらんも口惜しかるべし。


そんな実盛の最期のいくさ、舞台で熱く語ります。

兜の写真の出典→石川県/兜・袖・臑当・能装束 緑地桐鳳凰文唐織 (ishikawa.lg.jp)

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