平家物語の伝本のおはなし

2020年の大河ドラマ「麒麟が来る」では、やたらに承認欲求のつよい信長が、知性派光秀をブンブン振り回すという、新しい信長、光秀像が描かれていました。信長、光秀、秀吉、家康、頼朝、義経、よく知られた歴史上の人物も、脚本や演出が違えば性格や行動が変わります。歴史的な事実は同じですが、どこにスポットをあてて、どのように料理するかは、表現者次第です。

『平家物語』の伝本もそれに似たところがあります。歴史的事実を題材にしていますが、何をどのように伝えたいのかが、伝本によって少しずつ違います。本文の記述が違うと、どちらかが正しくて、どちらかが間違いと考え、どちらが優れた本でどちらが劣った本なのかをはっきりさせたいという気持ちになりますが、古典の本文については、事情が異なります。もちろん単純な書き間違いはありますが、それはどの本にもあることです(コピー機も印刷機も無かったし)。

江戸時代より前の古典本文は、原典を一言一句そのまま書き写さなくてはならないと、あまり強く思っていませんでした。ここはもうすこし詳しく書いた方がおもしろいんじゃないかなと思えば、ほかの本にある話を書き加えたり、土地の伝承を書き加えたりしているふしがあります。古典の書写過程で、書き写す人が本文を増やしていくのは『平家物語』に限ったことではありませんが、『平家物語』の場合は琵琶法師が人々に語ってきかせるという要素が加わりますから、聴衆を楽しませるために話を盛っていくことも多かったようです。

「江戸時代より前の古典本文」といったのは、江戸時代に出版文化が確立したからです。印刷技術が普及して、同じ本文を同時に大量に複製できるようになり、状況は大きく変わりました。

『平家物語』の諸本について、すごく単純化して説明すると、語り本系と読み本系という2つの系統に分けることができます。一方の語り本系は、もともとは琵琶法師が平曲を語るための本文です。現在一番読まれているのが、南北朝時代の琵琶法師、覚一検校が整えたという、覚一本系統の本文です。覚一は平家物語(平曲)の決定版を作ろうとしました。もう一方の読み本系は、いわば読書のための本文です。中国の故事や日本の故事、和歌の一節などを、大量に取り込んでいます。

●語り本系〉一方流 覚一本系統 ※小学館新編古典文学全集(高野(たかの)本)

●語り本系〉八坂流(城方流)

●読み本系〉広本系…延慶本、長門本、『源平盛衰記』

●読み本系〉略本系…四部合戦状本、南都本、『源平闘諍録』

木曾義仲に関係する章段で、本文の内容を比べてみましょう。

【覚一本】やうやう長大するままに、力も世にすぐれて強く、心もならびなく(かう)なりけり。「ありがたき強弓勢兵、馬の上、かちだち、すべて上古の田村、利仁、余五将軍、致頼、保昌、先祖頼光、義家朝臣といいふとも、いかでか是にはまさるべき」とぞ人申しける。(巻六・廻文)

【延慶本】成長するほどに、武略の心武くして、弓箭の道人に過ぎければ、兼遠、妻に語りけるは、「此の冠者君、少きより手ならして、我も子と思ひ、かれも親と思ひて昵じげなり。朝夕の召物、夏冬の装束許りはわびさせず。法師になりて、実の父母、養ひたる我等が後生をも訪へと思ひしに、心さかざかしかりしかば、故こそ有らめと思ひて男になしたり。誰がをしふとなけれども、弓箭取りたる姿のよさよ。又、細公の骨も有り、力も余の人には過ぎたり。馬にもしたたかに乗り、空を飛ぶ鳥、地を走る獣の矢比なる、射はづす事なし。かち立ち・馬の上、実に天の授けたる態也。酒盛なむどして人もてなし遊ぶ有様もあしからず。さるべからう人の娘がな、云ひ合せむと思ふ。さすがに其も思ふやうなる事はなし。さればとて、無下なる態をばせさせたくもなし。万づたのもしき態かな」とほめたりけるほどに、(略)(巻六ー七 木曾義仲成長すること)

義仲は、中原兼遠に養育され木曾で成長します。弓術にすぐれ、馬上でも徒歩でも能力の高さを見せます。その様子を、【覚一本】は、田村、利仁、余五将軍…と武勇に優れた有名な歴代将軍の名前を列挙し、これらの人々も「いかでか是にはまさるべき」、すなわち、この義仲ほどすごくはないぞと絶賛します。

かんた

「遠くはベーブルース、ハンクアーロン、近くは王、長島、松井、イチローにも劣らないバッター」みたいな褒めかただね。

【延慶本】は、育ての親の兼遠の言葉を使って、実の子どものように思って育ててきたけどりっぱになったなあ、馬に乗るのも上手いし、飛ぶ鳥や獣を射るのも上手、酒宴を盛り上げるのも上手(これって大事なことなのね)などと褒めあげます。

どちらの本文が優れているかではなく、どちらの表現のしかたが好みか。くらべてみると楽しいですよ。

『源平盛衰記』は、書名は違いますが平家物語の読み本系の伝本の一つです。義仲に関わる例をあげると、倶梨迦羅の戦いの火牛のエピソードや、斎藤実盛が二歳の義仲(駒王丸)を木曾に行かせたエピソードなど、ほかの平家物語には書かれていない興味深い話が書かれています。

「平家物語~語りと弦で聴く~木曾義仲」では、小学館新編古典文学全集の本文を使って語ります。覚一本にもいくつか伝本の種類がありますが、全集本は東京大学国語研究室蔵の高野たかの本を底本に使用しています。(もと)高野辰之(たかのたつゆき)という、長野県生まれの国文学者が所蔵していた本なので、高野たかの本と読みます。

笠間影印叢刊 高野本平家物語(東大国語研究室蔵)笠間書院

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